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ざっくばらんに文字談義――砧書体制作所の片岡朗さんと木龍歩美さんをお招きして

FONTPLUSでは毎月第3水曜日に「FONTPLUS DAYセミナー」というオンラインイベントを開催しております。42回目の今回は、広告やポスターなどで20年間以上にわたり使われ続ける「丸明オールド」を生みだした砧書体制作所の書体デザイナー片岡朗さんと木龍歩美さんをお招きし、フォントの楽しさや可能性、未来など……ざっくばらんと題しながらもとても濃い談義となりました。ぜひ楽しんで見てください!

「水や空気と一緒でみんなが意識せず使っているフォントも実際には創っている人がいて、創る人の性格がでるからおもしろい」(片岡さん)。砧制作所の書体を生み出したのはどんな方々なのか……お二人の現在に至るまでをお話ししていただきました。

「砧書体制作所生みの親・片岡朗」の誕生ヒストリー

学生時代は夜間の学校に通っており、日中は仕事をしている人も多く、様々な職種の人と出会ったことで刺激を受けたそう。みんなで夢を語り、この頃から仕事に対する考えが深くなったのだとか。

その後店舗の看板等の装飾をしていたお父様から紹介された会社で文字と出会います。そこでは映画の看板やモーターショーの説明パネルの文字を書くような仕事を3年間行っていました。

そして広告業界へ転職。面接の際作品を見せてと言われたが用意しておらず、急遽紙と面相筆で文字を書いたところ採用されたそうです。文字に明朝体やゴシック体といった種類あることはここに入ってから知ったそう。「在職していた3年間は毎日残業三昧だったが、この経験が今のストイックさに繋がっている」と片岡さんはおっしゃいます。

その後はスタンダード通信社へ。デザイナーのアシスタントとして働きながら、当時開催されていた「第2回石井賞創作タイプフェイスコンテスト(1971年)」に応募し、見事第3位に選ばれました。その数年後に独立し、カタオカデザインワークスを設立。

お話を聞いていると、人との繋がりで今の自分があるのだなと改めて考えさせられますね。片岡さんの行動力と決断力も見習いたいです! 得意なことを見つけ、ストイックながらも自分自身が楽しみながら仕事をされている印象が魅力的でした。

代表作「丸明オールド」誕生秘話

「丸明オールド」は口に入れるものや肌に触れるものなど、柔らかい印象を持たせたい時に使われている印象があります。アナログの時代は、丸はコンパスで書かなければいけなかったそう。そのため書体に取り入れようとしても線と円の重なるところに違和感が生じてしまったのですが、パソコンの誕生でスムーズに描くことが可能となりました。広告を長くやっていたことでオリジナリティを求める癖がつき、明朝体と丸を組み合わせてみようかなというアイディアになったそうです! 軽くなりすぎないよう字形はオーソドックスを保ち、夏目漱石「吾輩ハ猫デアル」初版本の復刻版を下絵にしたとのこと。常識にとらわれない、片岡さんらしい「丸明オールド」が2000年に誕生しました。

フォントカタログ

「書体デザイナー・木龍歩美」の誕生ヒストリー

続いては、木龍さんのお話です。「昔から文字に強い興味があったというわけではないですが、父が歴史資料館で学芸員をしていた影響で崩し字や活字の書物は読めていました。父が絵や文字を書くことが好きだったので、幼いころからデザインに触れる機会は多かったのかも」と話す木龍さん。書体デザイナーとしてのセンスはこの頃の経験が影響していたのですね。タイポグラフィに触れたのは大学に入ってからだそう。文字を組むことだけで表現ができることに衝撃を受け、文字を使った立体アート作品を作ることが楽しくなったとお話くださいました。

木龍歩美作 日大芸術学部 卒業制作(2011年)

上の写真は木龍さんの卒業制作作品です。この作品は、ひらがなの余白を立体化したものだそうです。木龍さんの書体「きりこ」のもとはこの頃からすでに誕生していたんですね……!

木龍さんは幼い頃から書体やデザインに触れており、それが自然と自分の興味となって今に繋がっていたので、体験したことは経験となり自分自身を形成していくのだなと改めて感じました。

木龍さんは砧書体制作所へ入社当時、丸丸ゴシックの印象から可愛らしい方が制作されているのかなと思って事務所を訪れたそうなのですが、思いもよらず重厚感のある片岡さんが出てきて驚いたとお話していました。片岡さんも木龍さんが少し退いたのがわかったのだとか(笑)。しかしそれ以上に驚いたのが、あれだけの書体をたった一人で制作していたということ。一緒に働くと片岡さんのスピード感は目を見張るものがあり、木龍さんもお手本にしているとおっしゃっていました。10年間一人で書体デザインをしていた片岡さんが木龍さんを採用した理由は、卒業制作を見てここまでやりきるなら文字もできるだろうと感じたのだとか。数年もの時間を要する書体制作をお二人だけで続けていることにパワーを感じました。

フォントカタログ

お二人の軌跡を辿ると、その方々が作る書体にさらに興味がわきとても楽しい時間でした! 普段何気なく使用していたフォントも、物語を知ると愛着が沸いてきますね。

開発中の新書体「未来Font“魁”」

未来Font「魁」(さきがけ)は、中国で生まれた漢字が今後日本独自の「さきがけ」の漢字として変化していくとしたらどうなるのだろうかと考えたことから生まれた砧書体制作所の開発中の新書体です。もとの漢字が連想できるギリギリのところまで省略した、個性溢れる書体となっています。フォントのデータ量を軽くする目的も含んでいるのだとか。こんな略し方をするのか!と、楽しんで見てほしいとのこと。漢字が特徴的なため平仮名は主張を強くせずオーソドックスにし、手書きの右肩上がりを反映させることで読みやすさや親しみやすさを表現したそうです。新鮮な本文組がおもしろいですね。開発中の「魁」完成が今から待ち遠しいです!

魁の開発秘話の中で印象的だったのが、「魁のような実験的なものは、書体を作る人からすると読めないとかフォントって言えるのとなるが、それはあえて言ってもらった方がいい。そのほうがフォントってなんなの?と意識する人が広がる。本来はもっと日本語フォントの在り方をみんなで意識して話し合うべきであって、フォントは人間がいろいろ考えて作られている訳だから、まずは気軽にみんなにぶつけてみようかなと思った」という片岡さんのお言葉。フォントの可能性を追求し、フォントを愛しているからこその言葉に感じました。仕事に愛があるって素晴らしいです……!

次世代のフォント技術「バリアブルフォント」

バリアブルフォントは、2016年9月にApple、Google、Microsoft、Adobeが共同発表しました。サイズやウェイト、字幅など形を変えることことができフォントのさらなる可能性を感じさせますが、制作に時間がかかることがデザイナーとしては懸念点に。しかし一文やアイコンとしての提案もあるのではと試行錯誤で制作してみたそう。フォントってこんな表現もできるのかと楽しいデザインがたくさん出てきて、枠にとらわれず新しいことを取り入れていく砧書体制作所らしさを感じました。

砧書体製作所では、日常の文字に砧の書体を当てはめてみたという面白い企画で「もしもじプロジェクト」をインスタで開設中。文字が変わるだけで、いつもの風景が違って見えるかも……?

そしてイベントの中では木龍さんの新しい屋号「ムーロンタイプ」のご紹介も。木龍さんの新たな門出に今後の活動が楽しみです!

この対談で新たなことに挑戦する力がどんどん加速しているように感じた砧書体制作所に益々目が離せません!


片岡朗さんのコメント「セミナーにご参加いただいた皆さま、長時間ありがとうございました。またの機会にお会いしましょう」

木龍歩美さんのコメント「お付き合いいただきありがとうございました! フォントの興味が深まれば幸いです。砧書体制作所をはじめ、もしもじプロジェクト、ムーロンタイプをよろしくお願いします!」

本記事は「ざっくばらんに文字談義~砧書体制作所の片岡朗さんと木龍歩美さんをお招きして~」(note、2022年2月2日)を改訂したものです。