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広がり続ける筑紫書体の世界

フォントワークスの藤田重信が手掛ける書体シリーズ、筑紫書体。既存の価値観に囚われない、美しくも独創的なデザインが、多くのファンから愛されています。2004年の登場以来、現在に至るまで次々と新書体を発表し続け、その世界はますます広がりを見せています。

最初の筑紫書体である筑紫明朝がリリースされてから、今年で20年。藤田への取材を中心に構成した書籍『筑紫書体と藤田重信(パイ インターナショナル、2024年)が刊行されたり、各地でトークイベントが開催されたりなど、いまあらためて筑紫書体を評価する動きが広がっています。

FONTPLUSではすべての筑紫書体がウェブフォントとしてご利用いただけます。この記事ではそのラインナップを系統別に紹介し、それぞれの魅力を探りました。また各書体の特徴を踏まえたウェブデザインでの活用のヒントもご提案します。


本文中の引用はすべて『筑紫書体と藤田重信』より。

明朝体(スタンダードスタイル)

この記事では、書体の骨格やエレメントの特徴から、明朝体をスタンダードとオールドの2つのスタイルに分類しました。筑紫明朝、筑紫アンティーク明朝、筑紫B明朝、筑紫新聞明朝、筑紫Q明朝をスタンダートスタイルの明朝体として紹介します。

筑紫明朝

2001年、戸田ツトムと鈴木一誌が責任編集をつとめるデザイン誌『d/SIGN』が創刊されます。その誌面で採用された書体が、当時まだ開発中の筑紫明朝 Lでした。筑紫明朝は実際の現場で利用されながら改良を重ね、2004年に正式リリース。それ以来、多くのデザイナーの支持を集め、今や21世紀のスタンダードとして確固たる地位を確立しています。

活版から写植、そしてDTPという、書体を取り巻く環境の移り変わりを見てきたデザイナーたちの目に、筑紫明朝はどのように映ったのでしょう。筑紫明朝の何が彼らを惹きつけたのでしょうか。戸田はこう語ります。

〈筑紫明朝〉にはいままで私の知っている様々な活字の片鱗が見えました。[…]あちこちからの記憶がそこかしこに入っていました。その記憶とは何かといいますと、[…]おそらく活字が携えてきた、図形としての見た目だけではないもので、電算や写植では決して伝承できなかったものです。それが〈筑紫明朝〉の中には遺伝子のように刻み込まれています。

筑紫明朝はウェブデザインでも活用しやすい特徴を持っています。その理由のひとつが横組みでの読みやすさ。筑紫明朝は仮名が少しだけ右肩上がりのため、横組みのテクストに心地よいリズムが生まれます。

横画の太さも特筆すべき特徴です。一般的な明朝体は横画が細いため、スクリーンで表示するとかすれて読みづらいことがあります。しかし筑紫明朝は横画が比較的太めにデザインされており、しっかりとした黒みを持たせることができるのです。なかでもLBとRBというスタイルは全体的に線幅をより太めに微調整してあり、ウェブデザインにおいてはとくにおすすめです。

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筑紫アンティーク明朝

筑紫アンティーク明朝(2015年)はそれまでになかった新しいタイプの明朝体として絶大な人気を誇る書体です。筑紫明朝をベースにした骨格に、従来の明朝体のセオリーにとらわれない、伸びやかで柔らかな線。楷書体のエッセンスを取り入れ、正方形ではなく「三角形」を意識したと藤田は言います。アンティークの名にふさわしい風情と風格がありながら、しかし既存のいかなる書体とも異なる独自の造形美を持っています。

とくに装丁やポスターなどで多く採用されている書体です。ウェブでもキャッチコピーなどできっと鮮烈な印象を与えられるでしょう。

字面のサイズが異なるS(スモール)とL(ラージ)の2スタイルが用意されています。ウェイトは現在のところL(ライト)のみですが、今後ファミリー化の計画があるとのことです。

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筑紫B明朝

筑紫B明朝(2015年)は筑紫明朝の漢字と筑紫アンティーク明朝の仮名をベースにした書体です。2つの人気書体の陰に隠れがちな印象もありますが、じつは高い人気を誇ります。筑紫明朝と同じ9スタイルを揃えた豊富なファミリー展開も魅力です。

筑紫明朝より豊かな味わいを持ち、筑紫アンティーク明朝よりもスタンダード。本文にひとひねりほしいときに威力を発揮します。

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筑紫新聞明朝

筑紫新聞明朝(2017年)は筑紫明朝をベースに開発された新聞用の明朝体です。90%ほどの平体で使われることを想定しています。新聞明朝らしくふところの広いデザインでありながら、筑紫書体らしさをしっかりと感じさせるところが、さすが藤田デザインです。

ウェブにおいても、見出しなどで使うと効果的なアクセントになります。ぜひ試してみてください。

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筑紫Q明朝

はたしてこれは明朝体なのか。それまでもフトコロを絞った書体をリリースしてきた筑紫書体ですが、筑紫Q明朝(2017年)では究極の絞り具合を追求しています。藤田自身がかっこいいと思う造形を突き詰めた結果、明朝体の枠を超えた、筑紫書体ならではの革新的な書体が生まれました。

デザインは手書きの感覚が重視されています。縦長の文字は縦長に、平たい文字は平たく。打ち込みは力強く、ハライはより伸びやかに。そのため行を組むと凹凸が生じ、テクストに躍動感が宿ります。

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明朝体(オールドスタイル)

明朝体のオールドスタイルは、骨格やエレメントに金属活字の影響をより色濃く残したスタイルを指します。ここでは筑紫オールド明朝、筑紫ヴィンテージ明朝、筑紫見出ミンをオールドスタイル明朝に分類しました。

筑紫オールド明朝

本蘭明朝の流れを汲むスタンダードスタイルの筑紫明朝に対し、石井中明朝オールド大がな(MM-OKL)の系譜に連なるオールドスタイルの明朝体、筑紫オールド明朝(2008年)。MM-OKLのような書体を作ることが長年の目標だったと語る藤田が、満を持して世に問うた書体です。

筑紫ならではのいきいきとした抑揚のある線は、同時に心地よい緊張感をたたえています。気品と高級感があり、そしてエモーショナル。Garamond系の欧文グリフもクオリティが高く、欧文フォントと組み合わせずそのままでも美しい組版が実現できます。ウェブサイトにおいても、キャッチコピーから本文まで、そこに置くだけで画面を引き締めてくれるはずです。

仮名のデザインが異なる3つのスタイルが用意されています。ウェブデザインではスタンダードなAタイプがとくに人気ですが、より情感豊かなBとCもぜひ候補に入れてみてください。

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筑紫ヴィンテージ明朝

筑紫ヴィンテージ明朝(2018年)は、筑紫オールド明朝を発展させた、筑紫流オールドスタイル明朝の到達点といえる書体です。筑紫オールド明朝よりさらに絞ったフトコロ、自由で表情豊かな線はシャープな緊張感を持ちます。また漢字の「心」や「子」などで丸みを帯びた字形を採用するなど、繊細で柔らかな造形が特徴です。金属活字の伝統と、新しい時代の美意識、それらが同居するギリギリのバランスを味わってください。

筑紫オールド明朝と同じくA、B、Cの3つの仮名のデザインがあり、それぞれまったく違った表情を見せます。ウェイトは現在のところR(レギュラー)のみですが、将来はファミリー化される予定とのこと。

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筑紫見出ミン

2004年、最初の筑紫書体である筑紫明朝と同時にリリースされた見出し用の明朝体が、筑紫見出ミンです。筑紫明朝の制作中、筑紫らしい見出し書体が必要だと考えた藤田が制作に着手。築地体や秀英体に並ぶような書体を作る、という意気込みでデザインしたとのこと。

当初のAとBの2スタイルに加え、2016年にはCがリリースされました。3つのスタイルの違いを藤田に解説してもらいましょう。

〈A〉には秀英初号系のエッセンスを、〈B〉は築地五号系のエッセンスを取り入れました。少し期間を空けて制作した〈C〉では、築地初号系の特徴を参考にしていて、これは他のふたつとはっきりとした違いがありますね。〈C〉についてX[旧Twitter]上でいただいた反応には、「これは地獄の書体」だというご意見がありました。なんだか怨念が籠ったような雰囲気がありますよね。

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ゴシック体

筑紫のゴシック体は、どれも一般的なゴシック体とは一線を画す独自の存在感を持っています。ゴシック体が使われる機会の多いウェブデザインにおいて、筑紫書体は新しい表現の可能性を広げる書体として欠かせない存在です。

筑紫ゴシック

筑紫明朝と対をなすゴシック体として開発された筑紫ゴシック(2006年)。筑紫明朝の骨格を踏襲しており、モダン系ゴシック体とは一線を画す表情豊かな書体です。手書きの運動を感じさせる造形が多くのデザイナーに支持されています。

リリース当時は反響が少なかったそうですが、いまでは多くの場面で目にする定番書体です。とくにウェブでは人気が高く、本文から見出しまで幅広く使われています。

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筑紫オールドゴシック

この書体があったからいまも仕事を続けているようなもんですよ。[…]私にとってはあの頃から、「筑紫書体第二期」が始まったという感覚です。

そう藤田が振り返るように、筑紫オールドゴシック(2014年)は筑紫書体の歴史においてとくに重要な位置を占めています。筑紫明朝、筑紫見出ミン、筑紫オールド明朝、筑紫ゴシック、筑紫丸ゴシック――書体ファミリーとして基本的なラインナップが揃ったところで、さて次に何を作ろうか、と藤田が考えた末に生まれたのが筑紫オールドゴシックでした。

ぎゅっと絞ったフトコロと、直線ではなく抑揚のある線が、次の文字へと繋がるような流れを感じさせます。そどこにも似た書体がないにもかかわらず懐かしさを感じさせるような、独自のテイストの書体です。

当初のスタイルはB(ボールド)のみでしたが、現在ファミリー化が進行中。そのなかで先んじてリリースされたUL(ウルトラライト)では、その繊細な造形がより際立ちます。

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筑紫アンティークゴシック

筑紫アンティークゴシック(2018年)は筑紫アンティーク明朝の骨格を持つゴシック体です。筑紫オールドゴシックよりさらに絞ったフトコロと、ゴシック体としてはめずらしく筆脈のつながった仮名が目を引きます。「アンティーク」でありながら、若々しくエネルギッシュな印象を与える書体です。

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丸ゴシック体

明朝体・ゴシック体と並んで筑紫書体に欠かせない重要なカテゴリが丸ゴシック体です。旧来の丸ゴシックのイメージを覆しながら、新しい可能性を提示するような書体が次々とリリースされています。

筑紫丸ゴシック

多くのデザイナーの要望から生まれた新時代の丸ゴシック体。2008年に筑紫オールド明朝と同時にリリースされるとたちまち人気書体となり、書籍の装丁やパッケージデザイン、ウェブサイトなど、今もいたるところで目にします。Macにインストールされたことも手伝って、筑紫書体の中でもとくに広く使われる書体となりました。

人気の要因は、丸ゴシックならではの柔らかさを備えながら子供っぽくない、「大人の丸ゴシック」であるところです。ただ角ゴシックを丸めただけではない、優しい丸みと抑揚のある線、そしてフトコロを絞ったオールドよりの骨格は、まさに筑紫ならでは。仮名と英数字のデザインが異なるAとBのヴァリエーションが用意されています。

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筑紫AN丸ゴシック

筑紫AN丸ゴシック(2020年)の「AN」は「アンティーク」に由来します。筑紫アンティークゴシックに近い、フトコロを絞った骨格を持つと同時に、筑紫丸ゴシックの特徴である「丸み」をさらに追求した書体です。「丸ゴシックというからには、とことん丸くすべき」という藤田の方針のもと完成した書体は、文字によってはもはや図形に近いアヴァンギャルドな造形も見られます。藤田デザインが新しい領域に踏み込んだことを感じさせる書体です。

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筑紫AMゴシック/筑紫RMミン

これまでも既存のカテゴリには収まらない書体をリリースしてきた筑紫書体ですが、最後に紹介する筑紫AMゴシック(2022年)と筑紫RMミン(2024年)は、その中でもとくに異彩を放っています。

筑紫AMゴシックは「Futuraに合う日本語書体がない」というユーザーの声から生まれました。既存の欧文書体に合う日本語書体をデザインするのは藤田にとって新しい試みで、制作にはかなりの時間を要したといいます。Futuraの特徴である幾何学的な要素を取り入れながらも、藤田らしいいきいきとした躍動感のある、まさに筑紫としか言いようのない書体となりました。

筑紫RMミンは筑紫AMゴシックのきょうだいと言えます。筑紫AMゴシックの骨格を持ちながら、ゴシックでも明朝でもない書体です。線のコントラストや丸いウロコなどのディテールがレトロでモダンな雰囲気を演出します。まだリリースされたばかりで、これからどのように使われるのか楽しみな書体です。

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20周年を迎え、ますます広がりを見せる筑紫書体の世界。まだ誰も見たことのない書体を求めて、デザイナー藤田重信の挑戦は続きます。