創業100年を迎えたフォントメーカー「イワタ」をご存知ですか? イワタが開発したUDフォントや新聞書体は誰もが必ず⽬にしたことがある書体です。
フォントメーカー紹介 関口浩之
FONTPLUSでご利⽤いただけるフォントメーカー14社(2021年11⽉現在)をご紹介する連載マガジン。今回取り上げるのは「イワタ」です。
フォントメーカー「イワタ」のルーツを探る
皆さんは、イワタというフォントメーカー、ご存じでしょうか? 1920年(⼤正9年)に岩⽥百蔵⽒が京橋に設⽴した「岩⽥活版⺟型製造所」がイワタのルーツです。ということで、イワタは昨年2020年で100周年を迎えました。おめでとうございます。
イワタの⼯場は、1923年(⼤正12年)の関東⼤震災のあと、⼤森に移転しました。1950年代の当時、⽇本に数台しかなかったベントン彫刻機を導⼊し、鋳造活字の元となる⺟型の⾼精度化と⼤量⽣産を実現し、⽇本最⼤の⺟型製造⼯場に成⻑しました。
1950年代は活版印刷が主流の時代でした。活字地⾦(鉛、錫、アンチモンの合⾦)を鋳型である⺟型に流し込んで鋳造活字を作っていました。活版印刷で使⽤される鋳造活字(鉛活字、⾦属活字と呼ばれることもある)は、⽂字の⼤きさ毎に(初号、1号、2号、3号、4号、5号、6号、7号、8号)、⺟型が必要だったのです。そして、⺟型には⽂字のもとになる字⾯(フェース)が刻まれているのです。
1960年代以降、イワタは全国各地に⽀店や営業所を展開し、1988年に⼭形県天童市にデジタル部⾨である「イワタエンジニアリング」を設⽴します。その後、2001年に岩⽥⺟型製造所とイワタエンジニアリングが経営統合し「株式会社イワタ」が誕⽣します。
イワタはフォント開発だけでなく、顧客要望から制作するカスタマイズフォントの受託も得意としています。⼀般のデザイナーには「イワタLETS」や「イワタ書体ライブラリー」等の商品名のほうに馴染みがあると思いますが、それらに収録されているフォントの多くは、特定のお客様向けに制作した特注フォントだったとのことで、お客様に納品した後、市販化するケースが多いようです。
参考書などで使われているイワタ教科書体、多くの新聞で使⽤されているイワタ新聞書体、リモコンの⽂字等で使⽤されているイワタUDフォントは、元々、お客様からの要望で⽣まれたフォントなのです。お客様からの声に真摯に⽿を傾けてきた姿勢が、バリエーション豊かな現在のイワタ書体シリーズに繋がっていると感じました。
イワタ新聞書体
イワタと⾔えば、新聞書体とUDフォントが代表書体として頭に浮かぶのではないでしょうか。では、新聞書体とUDフォントについて解説していきます。
まずは「新聞書体」をご紹介します。新聞書体といえば、少し平たくつぶれているのが特徴です。通常の書体の字⾯は正⽅のマス⽬に収まった正体の場合が多いと思います。新聞書体は少し扁平かかっている平体です。とはいえ、正体を単に扁平させたわけでなく、平体にしても読みやすい設計がされているとのことです。
新聞書体は、新聞で使⽤される⽬的で開発されましたが、昨今では、ウェブサイトなどのオンスクリーン表現においても⾒出しなどで新聞書体を使⽤するケースが増えてきました。
フォントカタログ
UDフォント
UDとは「ユニバーサルデザイン」の略称です。「年齢や障害の有無に関係なく、できるだけ多くの⼈が利⽤できるように考えられたデザイン」を意味しています。⽇常⽣活に関わる物の形状や⾊などが主な対象ですが、フォントにおいても、同様の考えに基づき、UDフォントが多くのフォントメーカーからリリースされています。「できるだけ多くの⼈が⾒やすく読みやすくデザインされたフォント」ということです。
先ほど紹介したイワタの新聞書体ですが、1938年(昭和13年)に開発されたイワタの新聞⽤扁平活字は、「できるだけ多くの⼈が⾒やすく読みやすい」の概念で制作されていたようです。
当時、物資統制が強化され、限られた紙⾯にたくさんの⽂字を組まなくてはならず、思案の末、従来の正⽅であった活字を横⽅向に広げ、かつ⽂字のフトコロが広い扁平活字を考案したそうです。70年以上経った今でも、⽇本の新聞⽂字と⾔えばこの扁平⽂字なのです。新聞というメディアにおいて、読みやすさを追求した結果、この書体スタイルが新聞書体ということなのだと感じました。
さて、「UDフォント」という⾔葉はイワタが2006年12⽉に「イワタUDフォント」として発売したものが始まりです。それまでも視認性や可読性を意識してデザインされたフォントはありますが、フォントデザインをUDの観点から研究し開発されたものはありませんでした。
2004年にパナソニック(当時は松下電器産業)とイワタは共同で、リモコン等で使⽤する為のUD視点のフォントを開発しました。ターゲットは横組みかつ10⽂字以下の短⽂であり、電機製品の筐体に印刷される操作表⽰⽤の⽂字の設計でした。
仕様策定と評価はパナソニックが⾏い、⽂字デザインはイワタが担当しました。2006年の春にパナソニックに「PUDフォント(Panasonic Universal Design Font)」として納⼊され、そののち同じものが「イワタUDフォント」として⼀般発売されました。以降UDフォントが広く普及し、フォントメーカー各社から、それぞれのUDフォントが発売され、現在に⾄ります。
イワタでは、UD視点で書体を評価するための4つの要素である「視認性」「判読性」「デザイン性」「可読性」が設定されました。
「視認性」は、⽂字そのものの⾒やすさ、⽂字の⾻格、フトコロの取り具合、⼤きさ、画線の太さなどが影響します。「判読性」は、誤読しにくさ、他の⽂字との判別のしやすさになります。近接ラインを離したり、紛らわしい⽂字は差別化を⾏ったりします。「デザイン性」は、⽂字のシンプルさや美しさ、整理・整合性であり、時には製品にふさわしいかどうか、購買意欲を失わないかということも問われます。「可読性」は、単語や⽂章にしたときの読みやすさです。漢字と仮名の⼤きさのバランスや字間と⾏間の適切なバランスが必要とされます。
イワタUDフォントは、ゴシックに限らず、さまざまなシーンで使いやすいように、いくつかの書体でUDフォントとして追加リリースされました。
フォントカタログ
ところで、「UDという名前が付いている書体なら、どんな環境でも読みやすい書体」と勘違いされているケースは少なくないように感じます。短いテキスト表現に向いているUDフォントを本⽂に使⽤すれば、読みづらい印象になる可能性が⾼いです。
紙のメディアで使⽤されることを前提にしているのか、ディスプレイで使⽤されることを前提にされているのか、使われる解像度がどのくらいなのか等々の要因や、実際にフォントが使⽤されるコンテクスト(前後関係、背景等)に応じて、⾒やすくて読みやすい書体は変わってきます。
⽇本に限らず、全世界でたくさんのフォントがリリースされてきました。多くの書体が「できるだけ多くの⼈が⾒やすく読みやすくデザインされたフォント」を意識して丁寧に制作されたフォントが多いです。使われる環境に応じて、実際にテキストを組んでみて⽐べてみたり、周りからの意⾒を聞いたりして、書体選定することが⼤事なことだと思います。
イワタでは、新聞書体やUDフォント以外にどんなフォントがあるの?
イワタからリリースされているフォントは、新聞書体やUDフォント以外にも素敵なフォントがたくさんあります。筆者が選んだおすすめ書体をいくつかご紹介します。
FONTPLUSで使⽤できるイワタのWebフォントは、現在102書体です。近⽇、「福まるご」や「超明朝 U」等がFONTPLUSで追加リリースできるよう準備を進めております。ご期待ください。
イワタの新書体、東亜重⼯製フォント「東亜重⼯」
真⾯⽬で堅い書体が多い印象のあるイワタのフォントですが、昨年には漫画家の弐瓶勉⽒の様々な作品に登場する特徴的な⽂字を同⽒原案・監修のもと新たに開発した東亜重⼯製フォント「東亜重⼯」が発売されました。
直線を基本とし、必要最低限の無機質なカーブ、パーツの簡略化など弐瓶⽒の世界観を形にしたこの書体は読めそうで読めない、読めなさそうで読める。UDフォントとは真逆を⾏くフォントです。
発売時には、「東亜重⼯」に汚れ加⼯を施した「東亜重⼯ GRUNGE」やフィギュア「1/12 合成⼈間 初号試験型イ」がついた限定版が発売されるなど、その界隈では少し話題になったそうです。
この新書体も、FONTPLUSからWebフォント配信できるようになるといいですね。
挿絵および写真の⼀部は株式会社イワタからご提供いただきました。
本記事は「創業100年を迎えたフォントメーカー『イワタ』をご存知ですか? イワタが開発したUDフォントや新聞書体は誰もが必ず⽬にしたことがある書体です。」(note、2021年11月12日)を改訂したものです。